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大阪高等裁判所 昭和49年(ネ)2321号 判決 1975年10月23日

控訴人 国

訴訟代理人 服部勝彦 ほか一名

被控訴人 下地好徳

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し金二、九九六、九四一円とこれに対する昭和四五年一一月二八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は第二項にかぎり仮りに執行することができる。

事実

控訴人指定代理人は主文第一ないし第三項同旨の判決および仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の主張ならびに証拠関係は左のとおり附加するほかは原判決事実摘示と同一(ただし、原判決二枚目裏一一行目の「限定」を「限度」と、同四枚目表九行目の「秋月」を「有家」と訂正する。)であるからこれをここに引用する。

(控訴人の主張)

一般に、交通事故の被害者が加害者に対し自賠法三条所定の運行供用者責任を追及するに必要な要件である加害者の自動車に対する運行支配および運行利益の主張立証は、その者が当該事故車を所有するものであることを明らかにすることによつて尽くされる、と解すべきである。したがつて、もし事故車の所有者が右責任を免れようと思うのであれば、具体的に当該事故車の運行につき運行支配と運行利益とを喪失していた、との特段の主張立証を

しなければならない(いわゆる運行供用者法的地位説または抗弁説)。

右の見地から本件事案をみると、被控訴人は事故車である本件自動二輪車を所有していたことは当事者間に争いがないところ、本件では、被控訴人が事故時右事故車の運行支配および運行利益を失い、運行供用者としての地位を離れていたと認めるに足る確証はない、というべきである。かえつて、被控訴人は本件自動二輪車をエンジンに燃料を補填したままいつでも使用できる状況で自己の居住するアパートの軒先に保管していたのであるから、その運行支配をしていたことは明らかであり、また、直接の加害者である甥長喜代次との関係も、被控訴人が主張するように、同人が無断でキイーを取り出し運転したというものでなく、被控訴人は同人を自己のアパートに連れて行き部屋の鍵を渡してその使用を許すことにより部屋の中のものすべてにつき包括的にその使用を許していたものと解されるのであり、このような状態で、長は部屋の中にあつた本件自動二輪車のキイを取り出しその運転をし、本件交通事故を発生せしめたのである。したがつて、右二輪車は、事故時、なお被控訴人の一般的な支配下にあつたか、少くとも支配の延長上にあつたといえるわけである。

(被控訴人の主張)

控訴人の右主張を争う。

被控訴人が自己の部屋を長に対し休息のため使用することを許容したからといつて、部屋の中のすべてのものの使用を包括的に許したことになるものではない。夫婦、親子でも部屋の中のものの使用関係は一定の制限があると考えるべきである。本件では、被控訴人は事故車をアパートの軒先にキイをかけた状態で保管し、キイは別個に自室のベツト抽出しに保管していたところ、長が無断でキイを取出し、勝手に運転したものであるから、事故時、被控訴人が事故車の運行支配を離れていたことは明白である。また、もし、控訴人の主張するような運行供用者法的地位説を採ると、自賠法三条を無限定に拡大解釈することとなり不当である。

(証拠関係)<省略>

理由

一  <証拠省略>によれば、控訴人主張の日時に、その主張のような交通事故が発生したこと(原判決事実摘示にかかる控訴人の請求原因(一)の事実)が認められ、他に反証はない。

二  そこで、被控訴人が右事故につき自賠法三条所定の責任を負うものであるか否かについて検討する。

<証拠省略>に被控訴人の弁論の全趣旨を綜合すると、本件交通事故の事故車である自動二輪車をめぐる被控訴人と直接の加害者長喜代次との関係は次のとおりであることが認められる(ただし、以下の認定事実のうち、被控訴人が当時太田豊から事故車を譲受けてこれを所有し、自宅に保管していたこと、および被控訴人と長が叔父、甥の関係にあることは当事者間に争いがない。)。

1  被控訴人はかねてより単身で和歌山市有家にあるアパート喜楽荘の二階一室(四畳半)に居住して、近くにある阪和タクシーの運転手を勤めていたものであるが、昭和四四年一月末頃大阪市城東区西鴫野に住む姉婿太田豊から本件事故車(カワサキ七〇CCの自動二輪車)を、将来自分が通勤用の自動二輪車(新車)を買うさいに下取りに出す目的で、無償で譲り受け、その頃これをトラツクに積んで右アパートに持ち帰つた。

事故車は、当時、中古ではあつたが燃料も補給されたままで、運転可能な状況にあり、このことは被控訴人も承知していた。被控訴人はこれをアパートの軒下に、他のアパート居住者が自転車、単車等を置いている例にならつて、キイを施して置き、キイは自室内のベツド備付戸棚に保管していた。

2  一方、被控訴人の甥長喜代次(当時二〇才)は、実家は被控訴人と同じ和歌山県西牟婁郡大塔村であつたが、昭和四三年四月(本件事故一〇カ月前)大阪経済大学に入学したため、前記太田豊方に下宿していた(もつとも、被控訴人は、当審において、被控訴人が太田方に本件事故車をもらい受けに行つた時点では、既に他に移つていたかのように供述するが、必らずしも措信しがたい。)。

長は事故当日帰省のため大阪を出発し、途中、和歌山市に立寄り、昼過ぎ頃、被控訴人の勤めるタクシー会社を訪ね、被控訴人に会い「和歌山市内の友人のところへ行く。」といつた。被控訴人はタクシーで長を前記アパートに連れていき、自室に案内し、部屋で一〇分間ぐらい話しをして、自分は再び勤務に出かけた。

3  長は、その後、いつの頃か、部屋を出て、キイを使用し、アパート軒先にあつた本件事故車を運転して外に出かけ、午後八時三〇分頃アパートの西北方約五粁の本件事故現場において本件交通事故を起こした。

以上のような経過が認められ、右のほかは、長自身は原審において専ら「自分は事故のシヨツクで事故前後の記憶が全くない。」旨証言するのみで、同人の証言によつて真相を明らかにする方法はさらになく、被控訴人も、原、当審における本人尋問にさいし、右以上のことは述べず、殊に、当日の長との会話内容等については、後記のとおり、にわかに措信できないと思われる説明、すなわち、「長は疲れているから休ませてくれ、といつて来た。」との説明以外には何ら述べるところがない。

しかし、ひるがえつて被控訴人の当審における供述をみるに、被控訴人は、前記認定のとおり、「長は当日和歌山市内の友人方へ行く、と言つていた。」といい、また、被控訴人がアパートに保管中の本件事故車についても「長は太田方で事故車を知つていたのでナンバーを知つていたと思う。」と述べる反面、「長は自分が事故車を所有していることは知らなかつたと思う。」と述べる等、重要と思われる点についての供述がややあいまいであり、全体として、事の真相を述べていない部分もあると思われる節があり、これらの被控訴人の供述内容と供述態度に前記認定の事実関係を綜合すると、本件においては、長は、被控訴人がさきに太田から本件事故車をもらい受けこれを保有していることを知つており、これを利用するつもりもあつて被控訴人方に立ち寄つたものであると推認することができるとともに(長は和歌山市内の友人方に赴く予定を被控訴人に告げていた点参照。なお、以上の点につき、被控訴人は、専ら、長は疲れているので休憩する目的で来訪したかのように主張し、供述するが、前記認定事実に照らすと、右目的だけのための来訪であつたと速断するのは、その事自体やや不自然であり、にわかに措信することができない。)、さらに、長の事故車のキイ持ち出しについても、被控訴人が直接これを長に手交したと断定することは無理であるとしても、少くとも、被控訴人としては、当日、長が被控訴人所有の本件事故車を運転し外出することを許容し、それが故にこそ、長は前記のとおり事故車を駆つて外出しえたものと推認するのが相当であり、かえつて、長が勝手にキイを探し出し、事故車の無断運転をした、という被控訴人の供述部分はにわかに措信できないものと考えられる。

はたしてそうだとすれば、本件事故当時、長の本件事故車運転を許容していた被控訴人は、事故車の運行を支配していたものということができる。

そうすると、被控訴人は本件事故車の運行供用者として本件事故につき自賠法三条所定の責任を免れない。

三  次に、控訴人(政府)が、自賠法七二条一項に基き、その行う自賠保障事業として被害者が本件事故によつて受けた損害金二、九九六、九四一円をてん補したため、同法七六条一項により、被害者が被控訴人に対して有する右同額の損害賠償債権を代位取得するにいたつた事実関係(原判決事実摘示にかかる控訴人の請求原因事実(三)の事実)は<証拠省略>によつてこれを認めることができ、他に右被控訴人の求償債務の存在およびその額を左右するに足る証拠はない(なお、事故当時、本件事故車につき自賠責保険契約が締結されていなかつたこと、および控訴人が本件被害者亡杉原芳樹の長女ひろ子から委託を受けた全国共済農協連の請求により昭和四五年一一月二七日前記金額を支払つたことは被控訴人もこれを認めて争わない。)。

四  そうすると、控訴人の被控訴人に対する右求償金二、九九六、九四一円とこれに対する昭和四五年一一月二八日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の請求は理由があるからこれを認容すべきである。

よつて、これと異なる趣旨の原判決は取消しを免れず、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 井上三郎 戸根住夫 畑郁夫)

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